早春の伊勢・鳥羽・志摩(1)~伊勢神宮とおかげ横丁
3月初旬に休暇をとって、一泊二日で伊勢~鳥羽~志摩に出かけました。
一日目の夕方まではいいお天気だったのですが、
夜から翌日の午後まではあいにくの大雨でした。
朝9時半ごろに自宅を出て、まずは伊勢神宮の外宮から内宮へ。
上の写真は、内宮の宇治橋です。
そして下の写真は、宇治橋から見た五十鈴川です。
悠久の時と、神々しい気持ちを感じさせるシチュエーションですね。
お参りしたあとは、「おはらい町」と「おかげ横丁」に。
平日でしたが、思った以上ににぎわっていましたね。
おかげ横丁では、「赤福本店」が人気ですが、
こちらの「豚捨」もおすすめ。
こちらのウェブサイトによれば、昔、豚を飼っていた捨吉という男が
食肉店を始めたのが屋号になった、とのこと。
この日は食事はしなかったのですが、
黒毛和牛のメンチカツがとっても美味しかったです。
そして、昔の伊勢神宮参詣の代名詞である「おかげ参り」について
わかりやすく教えてもらえるのが、「おかげ座」です。
☆おかげ参りとは?
江戸時代に庶民の間で起きた爆発的な伊勢参宮ブーム「おかげ参り」
のはじまりは、元和三(1615)年頃。その後はおよそ60~70年に一度
の周期で続きました。
「おかげ参り」がおきた理由は三つ。まず一つ目は、伊勢神宮が皇祖
神を祀る神社で、祭神が当時多くの庶民が携わっていた農業と深く結
びつく「天照大御神(太陽神)」と「豊受大御神(衣食住・産業神)」であ
ったこと。
二つ目は、伊勢信仰を広めようと活動した「御師」とよばれる神主たち
の影響。彼らは檀家を訪ね歩き、神宮について参宮費用を積み立てさ
せるなど、人々に伊勢参宮を勧めました。また、お払いから宿泊・観光
案内まで広く請け負い、旅行代理店のような役割も果たしたといいます。
そして三つ目は、街道沿いの住人等が無償で行った施し「施行」により、
無銭でも無事に伊勢までたどり着けたこと。握り飯の振る舞い、わらじ
の無料配布、農耕馬を使った人の運搬など、これらは全て伊勢人の
信仰心の表れでもありました。(「おかげ座」ウェブサイトより転載)
ウィキペディアによれば、1830年の「文政のおかげ参り」では
当時の日本の人口3,228万人に対し、427万6,500人が参詣したとのこと。
ガイドブックや宿・飲食店、観光ガイドのような仕事もかなり繁盛した
と思われますが、当時の風景を見てみたいものですね。
そこで「おかげ座」には、このような模型もあります。
人形はなかなか表情豊かにできていて、
当時の賑わいが伝わってきます。
伊勢のもうひとつの名物は「伊勢うどん」です。
モチモチの独特な太麺は、たまに無性に食べたくなりますね。
三重県産小麦100%使用!これが本場のまっ黒たれでやわらか太麺の伊勢うどん(たれ付き)
平成25年の式年遷宮に向けて、
伊勢神宮では様々なイベントが行われますね。
それらについて紹介しているDVDはこちらです。
『NHK-DVD 伊勢神宮 受け継がれるこころとかたち ~式年遷宮元年の記録~』

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